知的生活の方法

知的生活の方法」を再読。

初めて読んだのは10年以上前。梅田望夫さんが「ボロボロになるまで読んだ」とブログに書かれていたので、本棚から引っ張りだして再読する(父の書斎から持ち出した記憶あり。ごめんなさい)。

1970年代ベストセラーの本書は、たまに科学的な間違いもあるが、今なお色あせていない。読書、散歩、結婚、さらにはビールやワインについてまで、著者の実体験を通し知的生活を送るためのヒントが数々示されている。

今回とても印象的だった一節、

個人の「蔵書」はいくら小さくても、その人の「図書館」なのである。

その図書館から気まぐれに取り出した本をパラパラと再読した時、その本が持つ真の価値に気が付くことがある。その体験の積み重ねが、次の価値を見出す本能になっていく……といったことが語られている。その通りだ。

あらゆる物のデジタル化が進む情報技術革命「中」の現代、本のユーザビリティに勝る技術は生まれるだろうか。

自殺について 他四篇

自殺について 他四篇」を読む。

ショウペンハウエルの著。面白い。マイブーム継続中。

高校生の頃の教科書と、考えすぎな性格でのみ哲学に触れてきた僕にとって、彼の著作は面白いの一言に尽きる。彼の著を軸にして触れてみたいと思う古典哲学が増える今日この頃。

例によって面白かった一節を挙げる。

自発的にこの世を去っていく人達に対して名誉ある埋葬を拒んだりするのである

生きていてこそナンボ、と気軽に言えるなら、個人の強い意志で決定された結果がそれだった場合どうするの?って話。仮に友達が死にたいと言えば僕は全力で否定する。でも、他人に絶対に間違いだと指摘された自分の意思も貫こうとする。その矛盾についてどう考えるべきか。

なーんて。実はこの部分だけ引用するのは、ずるいんだ。あくまでもユーモアを忘れずに読むと、自分の思考の幅が広がっていく、そんな本。真理にたどり着けるかは別として、思考する楽しみ、思考する意味を体感できる。

知性について

知性について 他四篇」を読む。表題以外のテーマも深甚で良書。

  • 哲学とその方法について
  • 論理学と弁証法の余論
  • 知性について
  • 物自体と現象との対立についての二三の考察
  • 汎神論について

ショーペンハウアーにどっぷり浸かっている。僕は手にした本に偏重する悪癖を持っているが、彼の哲学より毒舌っぷりにはまっている。カント、デカルト、プラトンの言葉が次々と切り捨てられ、僕の好きなヘーゲルに至っては「不快きわまる」と書かれている。苦笑。

自分が囚われてしまっている誤謬に気が付きたいものだと思う。

幸福について

幸福について―人生論」を読む。

ショーペンハウアーは1年ほど前に出逢って、正確には高校生の頃の教科書に載っていたのだろうが、結構はまっている。皮肉と言えるほどユーモアに富んだ彼の哲学は、今こそ読む価値を持っているように思う。

全体の感想とは別に気に入った一節を紹介。

或る人の状態がどの程度に幸福かを測ろうとするには、その人がどういうことを楽しんでいるのかを問うよりは、どういうことを悲しんでいるかを問うべきだ。

そうなのですよ。しかし僕は問いかけるほどの余裕はなく、それほど前向きでもない。愚痴ってくれたらいいのに。気丈に振舞うアナタのことはよく知っているつもりだから。一方的に愚痴られるのは好きじゃないけど、時と場所と相手によるのです。

東洋の思想は今に生きる「タオ―老子」を読む

タオ―老子」を手にしている。老子道徳経全81章の自由口語訳。

タオ=道=「Tao」は「Zen」と並ぶ世界語となるほど認められているようだ。欧米を経て再び東洋に戻ってきたのか。老子なんて漢文の授業で触れた程度だったけど、2500年も前の思想が鮮やかに映える不思議。まさに現代へ対するアンチテーゼのよう。

まだ読了とは書けず、しばらく枕元やトイレに置いて何度も触れてみたいと思っている。それほど僕には印象深い一冊。

はっと感じとって、これを
自分の内的変化(トランスフォーメーション)の
きっかけにする人がいる。
ちょっと聞き耳を立てるが
半信半疑で身をひいちまう人もいる。
まあ、たいていの人は、
馬鹿らしいと言って、大笑いするんだ。

そう言わずに、立ち読みでも手にするといいかも。まったり生きよう。

読書について 他二篇

読書について 他二篇」を読む。

本は他人の思考の結果であること、多読は精神から弾力性を奪うこと、自身で思索することの重要性をくり返し説く。

100年も前に書かれたものだが、情報に溢れる現代を予見していたかのごとき意見に溢れている。痛烈な彼の言葉は、はじめ耳に痛く、やがて僕の中で偉大な財産へと変わった。斎藤忍随による良質で読みやすい訳、あとがきも含め、自信を持ってお薦めできる名著。この本を丸ごと、読書にまつわる名言としたいほどである。