「才能に目覚めよう」の結果

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす」を読んだ。

よく見かける啓蒙書の類とは毛色が違う。この本は200万人を対象にした調査を経て、才能は34種類に分けられられるとしている。全面的に信頼するわけではないけれど、参考にすることで、無駄な方向への努力をなくし、才能を生かした考え方ができるようになるかもしれない。

Clifton StrengthsFinder(日本語版トップ)にて自分の才能を判定することができるが、カバーに印刷されたユニークキーが必要になる。

以前やった結果をブログに残していなかったので公開してみる。それなりに納得がいく内容だった。それぞれの才能は肯定的に捉えられているのだが、組み合わせによっては残念な場合もあるのだなと思った。そう、自分の結果を見て。

とりあえず読み物として面白いし、占いなどを受けるよりは安いだろうし、ある程度の統計的な根拠があるようなので、試してみる価値がある一冊。
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ライフログのすすめ

ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!

目次
第1部 (来るべき世界/僕の人生のかけら/電子記憶と生物学的記憶の出会い)
第2部 (仕事/健康/学習/現世から来世へ)
第3部 (革命を生き抜け/さあ、はじめてみよう/未来)

IT界の重鎮ゴードン・ベルが語るライフログのすすめ。序文をビル・ゲイツが書いている。人生の全てを記録に残す時代は到来した。その為の技術はすでに実用レベルに達しており、後は人の意識変革を待つのみである。啓蒙の段ではあるが非常に魅力的な一冊。

人の記憶力には限界がある。だが、自分の見聞きしたもの、触れたもの、そして普段は気にかけない自分の位置情報や生体情報まで、人生の「すべて」をデジタルに記憶させれば、いつでも簡単に検索して取り出すことができる。仕事に役立つのみならず、病気の兆候を発見することや、まるでSFのようなアバターに人生を語らせることもできるかもしれない。

すでに実践をはじめている著者以上に、自分自身から有用なアイディアが浮かんでくる。GTDでよく言われる「頭の中をからっぽにする」に通じる仕事術としても利用できそうだ。僕は非常に興奮しながらこの本を読んだ。

逆に、生活の「すべて」を記録するなんてとんでもない!と言う人は多いだろう。しかし著者は、メリットはあってもデメリットはない。と断言している。

例えば、不幸や悲惨な記憶をも全て記録しておくべきだとすすめる。再生しなければよいだけなのだから。ひょっとして歳月を経た頃、その出来事を思い出したくなるかもしれない。もちろんプライバシーとセキュリティはもっとも留意されるべき問題だ。さらなる技術革新とリテラシーや規制が必要になるが、必ず解決されるだろうと述べる。

産業革命の時(現在でも)、人間は自然に戻るべきだと口にする人はいた。ライフログに対しても拒否反応を示す人は多いだろう。しかし確実なのは、僕らが望まなくてもライフログ革命は起きているということだ。賛成、反対を問わず。

携帯メール、PCメール、通話履歴、スケジュール、Twitter、ブログ、テキストメモ、音声メモ、ブックマーク、web検索履歴、web閲覧履歴、クレジットカード利用履歴、Edy利用履歴、Pasumo利用履歴、写真、動画、GPSデータ、等々。すでにあらゆる情報の自動蓄積はされている。

若き詩人への手紙

若き詩人への手紙・若き女性への手紙

作品の個性を究めるとは、唯一無二の道を歩むことであり、それはとにかく孤高の道であると語る。道について悩む若者、特に芸術家に薦められることが多い。100年前の手紙は今なお生きていて、美しい言葉が並び、繰返し手に取るであろう一冊。もっと早くに読むべきだったかな。

実は、映画「天使にラブ・ソングを 2」で知った。歌手を夢見る生徒へウーピーが語る。

「リルケの本で、”若き詩人への手紙”っての。ある時リルケが、『詩人になれるかどうか、作品を読んで下さい。』って手紙を受け取った。リルケはその人にこう言ったの。『それを決めるのは、私ではありません。朝、あなたが目覚めた時、詩を作ることしか頭になかったら、あなたは詩人です。』同じことがあんたにも言えるわ。いい、朝目がさめて、歌うことしかあんたの頭に浮かばなかったら、そりゃ歌手になるべきよ。」

若き人にとっては最高の助言だ。僕は毎朝「まだ寝ていたい」と思っている。

頭をよぎったので蛇足。同じ孤高の人ジョブスは、

毎朝鏡を見て、もし今日が人生最後の日だったら、今日やることは本当にやるべきことであろうか。

と語っている。対比が面白い。

多読術

多読術

敬愛する松岡正剛氏の著。対話形式でご自身の読書論を語る。本を読むことが好きな人ならきっと関心、共感することが多い一冊。

本に限らず、モノゴトはある以上の量が複雑に絡み合いはじめると、新しいものを生み出す。情報も、芸術も、人間関係も、語学の習得でもそうなのだと思う。沢山の本を読みこなすほど、読んだ量以上の価値を得ることができるのだ。

目次

第一章 多読・少読・広読・狭読
本棚拝見/本は二度読む/たまには違ったものを食べてみる/生い立ちを振り返 る

第二章 多様性を育てていく
母からのプレゼント/親友に薦められた『カラマーゾフの兄弟』/文系も理系もこだわらない

第三章 読書の方法を探る
雑誌が読めれば本は読める/三割五分の打率で上々/活字中毒になってみる/目次をしっかり読む/本と混ってみる/本にどんどん書き込む/著者のタイプを見極める

第四章 読書することは編集すること
著者と読者の距離/編集工学をやさしく説明する/ワイワイ、ガヤガヤの情報編集/言葉と文字とカラダの連動/マッピングで本を整理する/本棚から見える本の連関

第五章 自分に合った読書スタイル
お風呂で読む・寝転んで読む/自分の「好み」を大切にする

第六章 キーブックを選ぶ
読書に危険はつきもの/人に本を薦めてもらう/本を買うこと/キーブックとは何か/読書しつづけるコツ/本に攫われたい

第七章 読書の未来
鳥の目と足の目/情報検索/デジタルvs読書/読書を仲間と分ち合う/読書は傷つきやすいもの

「読書の醍醐味は?」という問いに「無知から未知へ」とお答えになっている。無知から既知へではなく、さらに好奇心が生まれるということなのだろう。こうして本を読む楽しみを深めてきた方なんだな、とつくづく関心した。

人類は「宗教」に勝てるか

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)

キリスト教と仏教に精通している学者が語る非/反宗教論。著者のプロフィールには神学者ともあり、宗教を内側から見た上で述べる意見は鋭い。ただテーマが壮大なわりに大雑把な部分が多かった。

目次

第1章 エルサレムは「神の死に場所」か
第2章 世界最強の宗教は「アメリカ教」である
第3章 多神教的コスモロジーの復活
第4章 無神教的コスモロジーの時代へ
第5章 “愛”を妨げているの誰なのか
第6章 ヒロシマはキリストである

読んで頭に浮かんだショウペンハウエルの言葉。

宗教はホタルのようなもので、光るためには暗闇を必要とする。

世界の形が変われば人が信じるものも変わるということだ。僕はクリスチャンホームに生まれ、世界との矛盾を感じながら育ったので、思うところが大きかった。

インテリジェント・デザイン‐ID理論

インテリジェント・デザイン‐ID理論

副題が『ダーウィンの進化論は完全に間違っていた!!聖書原理主義の創造論でもない「第三の生命観」、ついに日本上陸!!』と、宗教を否定しつつもオカルト臭を感じた。宗教とは一線を画していると訴えることに重きを置きすぎているからか。でもある程度は認められている理論。いろいろな立場、考え方があるのがよく判る。

脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?

脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? ~ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史

「私」とか「自由意志」は幻想にすぎない?ロボット研究者という工学者である著者が、著者の研究の過程でたどりついた結論、受動意識仮説に関して語る。仮説ではあるけど無視できないほど研究されている。ちょっと恐ろしくもある。

理性の限界

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性

アロウ、ハイゼンベルク、ゲーデルらの思索を平易に解説しつつ、人類が到達した「選択」「科学」「知識」の限界論の核心へ。知的刺激にみちた、「理性の限界」をめぐる論理学ディベート。各章のテーマにそって仮想パネルディスカッションをしていて、理解の助けとなってくれる。素晴らしく良本だった。

目次は下記。

序章 理性の限界とは何か
第1章 選択の限界
 投票のパラドックス / アロウの不可能性定理
 囚人のジレンマ / 合理的選択の限界と可能性
第2章 科学の限界
 科学とは何か / ハイゼンベルクの不確定性原理
 EPRパラドックス / 科学的認識の限界と可能性
第3章 知識の限界
 ぬきうちテストのパラドックス / ゲーテルの不完全性定理
 認知論理システム / 論理的思考の限界と可能性

そして世界に不確定性がもたらされた

そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命

1927年、若きドイツ人物理学者のハイゼンベルクは、量子力学の根幹をなす「不確定性原理」の考え方を初めて世に送り出した。すなわち、因果律に従い完璧に予測されるものだと考えられていた世界が、偶然と確率と可能性に支配された不正確なものに代わってしまったのである。これはあまりにも革新的な概念だった。当時すでに著名な科学者であったアインシュタインはこの原理を認めようとせず、また、ハイゼンベルクとその師ボーアとの間にも確執が生まれた。科学界だけではなく、文学や哲学にも大きな波紋をよんだ。だが、量子論と不確定性の考え方は、ある日突然現れたものではない。浮遊した微粒子がランダムに動くブラウン運動など、19世紀には不規則で統計的な現象の存在が明らかになっていた。また、第一次大戦後、敗戦国の屈辱を味わっていたドイツには、科学者の間にも決定論的な運命を認めたくないという向きが強まっていた。あとはただ一人の若き秀才の登場を待つのみだったのである。世界を揺さぶった不確定性の概念と、それをめぐる著名な科学者たちの人間ドラマとをみごとに描き出した、渾身の科学ノンフィクション。